「おすすめの一冊はありますか?」─ 接客をしていてよく受ける質問のひとつだ。
仕入れは自身の判断で行っているので、どの本も良い、もしくは良さそうだと思って仕入れている。だから、店頭に並んでいるものはすべておすすめの本ということになる。だけどそれだと答えにならないので、以上を伝えた上で、お客さんの好みから判断して提案したり、新刊や定番タイトルから薦めることが多い。
1 BOOKsの場合、この文章がぼくの代理になるので、そのようなおすすめの仕方はできない。だからこの企画では、より個人的な視点でその都度おすすめしたい一冊を選んでいる。今回は、2017年にIACKを設立してから取り扱っているノルウェーの独立系出版社「Multipress」より、昨年11月に出版されたノルウェー人写真家、リーナ・バーマ・ロッケンの最新刊をご紹介したい。
Spread from the book "Dry Eye Dripping Stone"
数年前のこと、視神経周辺の腫瘍のため、ロッケンの娘は片目の視力を失ってしまった。この出来事をきっかけに、ロッケンは写真家としての自身のあり方を問い直すこととなる。その末に彼女は、写真が有するふたつの視線 ─「光学的な視線」と、「触覚的な視線」について考えるようになった。
前者はレンズや肉眼を通した光学現象としての視線、後者は広義の印刷物として、質感や手触りを伴う視線=イメージを指していると思われる。そして、長きにわたり取り組んできた写真集というメディアで、ロッケンは後者の写真の触覚性を、伝統的な写真の記号論的、視覚的物語と融合させようと試み始めた。
Spread from the book "Dry Eye Dripping Stone"
本書が娘に捧げられた作品であることは、収録された短いあとがきからも知ることができる。娘に宛てたその文章で、あなたはカメラのような存在に変化したのだと、ロッケンは書いている。
彼女の使用するアナログカメラは、モニターを見ながら撮影する昨今のデジタルカメラやスマートフォンとは異なり、撮影者が片目でファインダーを除き、文字通り「一眼」のレンズで捉えた像が定着する。本書に収録された写真は、娘と同じように片目で見た光景であり、読者は多層的に保管されたロッケンの記憶の風景に触れ、その存在を手と目で確かめながら本書を読み進めていく。
Spread from the book "Dry Eye Dripping Stone"
同じく娘を持つ父親として、そして写真家として、当人同士の直接的なコミュニケーションではなく、作品を通して何かを伝えることについて、近年考える機会が増えた。その視点から本作を見たとき、批評性や美しさを超えたところにある、芸術の可能性や意義を強く実感させられる。
ロッケンの作品は年々シンプルに、削ぎ落とされ、研ぎ澄まされている。本書も個人的な出来事を扱いつつも、その困難を包み込むような暖かさと、写真作品としての力強さを持っている。1ページ1ページをそっとめくりながら、噛み締めるように読んでみて欲しい一冊です。
河野幸人(写真家/IACK)
2025年1月11日「1BOOKs」に寄せたテキストより。
Title: Dry Eye Dripping Stone
Artist: Line Bøhmer Løkken
Multipress, 2024
Hardcover
215 x 290 mm
96 pages
Text in English
First edition of 300 copies
¥7,590-
https://www.iack.online/products/signed-dry-eye-dripping-stone-by-line-bohmer-lokken